名古屋地方裁判所 昭和28年(タ)6号 判決
原告 岩本時子
被告 岩本篤二
一、主 文
原告と被告とを離婚する。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
一 原告は主文第一項同旨の判決を求め、その請求原因として次の通り述べた。
原告は昭和十九年三月頃、当時知多郡河和町大字布土字上村七十五番地に居住していた被告と事実上結婚同棲し、翌昭和二十年三月十七日これが届出をし、同年七月二十五日長女を儲けた。そして同年十月五日一家三人で渡鮮したが、世情混乱のため所々を転々したのち、昭和二十一年十一月下旬前記住所に帰るべく、釜山より日本へ向い、唐津に上陸したところ、不法入国のかどで被告のみ強制送還されてしまつた。原告は長女とゝもに佐世保の針尾収容所に収容され、のち原告の実父訴外神谷次平に引取られて肩書住所に落ちついた。間もなく長女は死亡した。以来被告とは音信不通で、その本籍地及び知人その他心当りを尋ねても生死すらわからない。よつて原告は被告との離婚を求めるため本訴請求に及んだ。<立証省略>
二 被告は適式の呼出(公示送達)を受けたにもかゝわらず本件口頭弁論期日に出頭せず且つ答弁書その他の準備書面をも提出しなかつた。
三 当裁判所は職権で原告本人を訊問した。
三、理 由
真正に成立したと認める甲第一、二号証(何れも戸籍謄本)に原告本人訊問の結果を綜合すれば、原告は愛知県知多郡河和町大字河和字北屋敷三十三番地に本籍を有する神谷次平の長女であるが、昭和十八年頃、当時河和航空隊の土工をしていた朝鮮人である被告と知合いとなつて事実上婚姻昭和二十年三月十七日婚姻届出をし、従つて原被告間に有効な婚姻関係の存在することが認められる。そして甲第二号証、真正に成立したと認める同第三号証(居住証明書)同第四号証(調査復命書)に証人岩本粂助、同山下長治郎の各証言並びに原告本人訊問の結果を綜合すれば、原告は被告と事実上婚姻後河和町大字布土で同棲、昭和二十年七月二十五日長女妙子を儲けたこと、同年十月被告とゝもに妙子をつれて渡鮮し、慶尚南道泗川郡[木丑]洞面吉坪里四百三十三番地の二の被告の両親方に同居、次でその近所に居住することになつたが、原告が日本人であるということでとかく住みづらく、被告及び妙子ともに再び日本に帰るべく昭和二十一年八月頃釜山を出発、唐津に上陸したものゝ、釜山で正規の手続をふむときは二ケ月余も乗船が遅れるとのことにいわゆる闇船によつて渡航してきたゝめ、一時針尾収容所に収容せられ、その後被告は強制送還され、原告と妙子は実父次平に引取られて同年十一月頃実家である肩書住所に落付いたこと、妙子は間もなく死亡したこと、被告からは昭和二十二年三、四月頃原告等の安否をたしかめる手紙がきたゞけで、その後今日に至るまで原告からの再三の便りにも何等の返事なく、被告の生死の程も全くわからないことが認められる。
ところでわが国は、降伏文書によるポツダム宣言の受諾により朝鮮の将来の独立を承認し、その後朝鮮に属すべき地域は事実上既に日本の領土から離れていた。そして、平和条約第二条(a)によつてその独立を承認することゝなつたが、朝鮮の独立に伴う国籍問題については右条約に何等の規定もなく、またわが国と朝鮮との間の条約も存在しない。しかし、すでに朝鮮の独立を承認する以上、平和条約発効に伴い朝鮮人はすべて朝鮮国籍を当然取得するとともに日本の国籍を喪失し、もと内地人であつた者でも右条約発効前に朝鮮人との婚姻により内地の戸籍から除籍せられている者は、やはり条約発効とともに朝鮮国籍を取得すると同時に日本の国籍を喪失したものと解せられる。従つて原被告は何れも外国人であるというべきである。さすれば本件離婚の準拠法は、法例第十六条により、その原因たる事実の発生した時における夫たる被告の本国法によるべきものであるところ、本件離婚原因発生当時(昭和二十五年三、四月頃と解すべきこと後叙の如くである)朝鮮に施行せられていた裁判上離婚に関する成文法又は慣習法の内容は、原告の明かにしないところであり、当裁判所も亦これを明確にすることができない。かような場合には結局条理によつて判断するのが相当であると解する。婚姻関係は一面倫理的、精神的な関係であると同時に、他面生物学的関係でありまた経済的関係であることはいうまでもない。そして婚姻関係の生物学的、経済的関係であるところから、悪意の遺棄と並んで一定期間の一方配偶者の生死不明を裁判上の離婚原因とすることは、他方の配偶者の社会生活の安定確実を図る上において条理上当然要求せられるところといわねばならない。わが民法第七百七十条第一項第三号が裁判上の個別的な離婚原因の一として「配偶者の生死が三年以上明かでないとき」を挙げているのは、この条理上当然の要求を明文化したものにほかならない。そして、現代における交通通信機関の発達状況朝鮮の政情、同国とわが国との関係等を考へ合すとき右三年の期間が短きに失するとは到底考えられない。
従つて本件に対しては、右民法の条項と同一内容の条理を適用すべきものと認められるから、被告との離婚を求める原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十五条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 平谷新五)